ケースで学ぶ対話力

多様なメンバーとの対話を深める:文化・価値観の違いを超えたアサーティブな共感術

Tags: 多様性, アサーティブネス, 共感, チームマネジメント, リーダーシップ, コミュニケーション

はじめに:多様なチームで真の対話を実現するために

現代のビジネス環境において、組織の多様性は競争力の源泉としてますます重要視されています。異なるバックグラウンド、文化、価値観を持つメンバーが集まることで、新たな視点やイノベーションが生まれる一方で、コミュニケーション上の課題も顕在化しやすくなります。特に、人事マネージャーやチームリーダーといった中間管理職の皆様は、部下や同僚との対話において、こうした多様性に起因する困難に直面することも少なくないでしょう。

「自分の意見を明確に伝えたいが、相手の文化に配慮しすぎると曖昧になってしまう」「相手の意見を尊重したいが、こちらの主張が伝わらない」——このような葛藤は、多様なチームを率いる多くのリーダーが抱える悩みではないでしょうか。

本記事では、多様なメンバーとの対話において、自身の意見を明確に伝える「アサーティブネス」と、相手の立場や感情を理解しようとする「共感」をどのようにバランスさせ、より建設的なコミュニケーションを実現するかについて、具体的な事例を交えながら考察します。

多様性対話における「アサーティブネス」の意義

アサーティブネスとは、相手を尊重しつつ、自身の意見、感情、要求を率直かつ適切に表現するコミュニケーションスキルのことです。多様なチームにおいて、アサーティブネスは以下のような点で極めて重要です。

しかし、多様な背景を持つ相手に対してアサーティブであることは、時に攻撃的と捉えられたり、文化的な摩擦を生んだりするリスクも伴います。だからこそ、後述する「共感」とのバランスが不可欠となるのです。

ケーススタディ1:異なる文化背景を持つ部下への目標設定フィードバック

多国籍企業で働くAマネージャーは、目標達成意欲の高いものの、成果を出すプロセスにおいてチーム連携を軽視しがちなBさん(異文化圏出身)に、チームワークの重要性を伝えるフィードバックに悩んでいました。

アサーティブネスに偏った例(避けるべきコミュニケーション): 「Bさん、個人目標達成は素晴らしいが、チームへの貢献が足りません。これではチーム全体として成果が出ませんから、もっと周りを意識して動いてください。これまでのやり方を変える必要があります。」 解説:指示は明確ですが、Bさんの背景や努力への配慮が不足しており、一方的な印象を与えかねません。反発や意欲低下につながる可能性があります。

アサーティブネスと共感を両立させた例: 「Bさん、個人の目標達成に向けたあなたの努力と成果は素晴らしいと評価しています。特に〇〇のプロジェクトでは、あなたの推進力がチームを牽引しましたね。ありがとうございます。一方で、チーム全体の目標達成を考えた時、もう少しチーム内の連携を強化することで、さらに大きな成果を生み出せるのではないかと感じています。例えば、△△の場面で、他のメンバーと事前に意見交換することで、よりスムーズに進んだかもしれません。これについて、Bさんはどのように考えますか?」 解説:まずBさんの貢献を具体的に認め(共感)、その上で、自分の意見(チーム連携の強化)を明確に伝えています(アサーティブ)。「~と感じています」というI(私)メッセージを用いることで、一方的な批判ではなく、提案として伝わるよう工夫しています。さらに、Bさんの意見を問うことで、対話を促し、主体的な行動変容を促す余地を残しています。

多様性対話における「共感」の役割

共感とは、相手の感情や視点を理解しようと努めることです。多様なチームにおける共感は、単に相手の意見に賛同するだけでなく、その背景にある文化、価値観、経験にまで想像を巡らせることを意味します。

共感は、対話の潤滑油となり、異なる意見の衝突を「対立」ではなく「多様な視点からの検討」へと昇華させる力を持っています。

ケーススタディ2:ワークライフバランスに対する異なる価値観を持つメンバーとの調整

Cチームリーダーは、チームの働き方について議論する中で、Dさん(特定の地域出身で家族との時間を非常に重視する)が残業や休日出勤に強い抵抗を示す一方、Eさん(成果主義が強く根付く地域出身で、仕事へのコミットメントが高い)が「残業も必要」と主張し、意見が対立している状況に直面しました。

共感に偏りすぎた例(避けるべきコミュニケーション): 「Dさんのご家庭を大切にするお気持ちはよく分かります。Eさんも、仕事への熱意は私もよく理解できます。それぞれの気持ちを尊重したいのですが、どうしたら良いでしょう…」 解説:個々の意見を理解しようとする姿勢は見られますが、リーダー自身の意見や方向性が提示されず、具体的な解決策に結びつきません。最終的な責任回避と受け取られる可能性もあります。

アサーティブネスと共感を両立させた例: 「Dさん、ご家族との時間を大切にされたいというお気持ち、大変よく理解できます。仕事だけでなくプライベートも充実させたいというDさんの考えは、私たちチームが多様な働き方を模索する上で非常に重要だと考えています。Eさん、仕事へのコミットメントを高く持ち、成果を最大化しようとするEさんの姿勢も、チームにとって不可欠です。時間外労働も辞さないというお気持ち、とても頼もしく思います。お二人それぞれの視点、本当にありがとうございます。その上で、チーム全体で共通認識を持ち、プロジェクトを円滑に進めるためには、やはり特定の時期には協力体制が必要になることもあります。そこで、まずはチーム全体で、どの時期に、どの程度の協力が必要になるのかを具体的に洗い出し、その上で、それぞれの事情を考慮した最適な調整方法を一緒に考えていきたいのですが、いかがでしょうか?」 解説:DさんとEさん、双方の異なる価値観や感情を丁寧に受け止め、理解を示すことから始めています(共感)。その上で、チーム全体の目標達成という現実的な課題に触れ、リーダーとしての見解(協力体制の必要性)を明確に伝えています(アサーティブ)。さらに、具体的な次の一手(時期の洗い出しと調整方法の検討)を提案し、全員で解決策を探る姿勢を示しています。

アサーティブネスと共感を統合する対話術:DESC法を応用する

アサーティブネスと共感を効果的にバランスさせるためには、具体的なフレームワークが役立ちます。ここでは、アサーティブコミュニケーションでよく用いられる「DESC法」を、多様性対話の文脈で応用する考え方をご紹介します。

DESC法とは: * D (Describe - 描写する): 相手の行動や状況を客観的に、具体的に描写する。 * E (Express - 表現する): その状況に対する自分の感情や意見を「私(I)メッセージ」で表現する。 * S (Specify - 具体的に提案する): 相手に期待する具体的な行動や提案を示す。 * C (Consequence - 結果を伝える): 提案が受け入れられた場合の良い結果、または受け入れられなかった場合の懸念される結果を伝える。

多様性対話においては、このDESC法の各ステップに「共感的な視点」を織り交ぜることが重要です。

ケーススタディ3:異なる意見を持つ多国籍チームでのプロジェクト方針決定

国際的なプロジェクトチームで、新製品のデザインコンセプトについて議論しています。日本のチームメンバーは「ユーザーの利便性」を最優先すべきだと主張する一方、欧米のチームメンバーは「革新性とブランドイメージ」を重視すべきだと譲らず、議論が行き詰まっています。

DESC法を応用した対話例: ファシリテーター(マネージャー): 「皆様、新製品のデザインコンセプトについて、活発な議論が続いていますね。 (D - Describe, 共感を織り交ぜる) 日本のチームの皆様は、日本のユーザーが特に重視するきめ細やかな利便性への配慮から、既存の成功事例を参考にしながら、より実用的なデザインを追求したいというお気持ちだと理解しています。これはユーザー体験を最大限に高める上で非常に重要な視点です。 一方、欧米のチームの皆様は、世界市場での競争力を高めるためにも、革新的なデザインでブランドイメージを刷新し、市場にインパクトを与えたいという強いお気持ちだと感じています。こちらも、グローバル展開を考える上で欠かせない視点ですね。 (E - Express, 共感と自身の意見を明確に) それぞれの主張には説得力があり、どちらもプロジェクト成功に不可欠な要素だと私も考えています。しかし、現在の議論が平行線を辿っているため、このままでは開発スケジュールにも影響が出かねないと懸念しています。両方の良い点を統合できないかと考えております。 (S - Specify, 具体的な提案と対話への誘い) そこで提案なのですが、まず、それぞれの主張の背景にある具体的なユーザーニーズや市場トレンドについて、もう少しデータに基づいて深掘りし、共通認識を持つ時間を持てないでしょうか。その上で、両者の良い点を組み合わせた『ハイブリッドなデザインコンセプト』をいくつか具体的に考案し、それぞれのメリット・デメリットを評価するセッションを設けたいと思います。 (C - Consequence, 提案の効果と共同での解決を促す) このアプローチを取ることで、単なるどちらかの意見の採用ではなく、お互いの視点を尊重しながら、より市場競争力が高く、かつユーザーに受け入れられる製品デザインを共同で創り出せると信じています。皆様、この進め方でご協力いただけますでしょうか?」

解説:まず、両チームの主張とその背景にある意図や価値観を丁寧に描写し、理解を示しています(D + 共感)。これにより、それぞれの意見が否定されているわけではないという安心感が生まれます。次に、議論の現状とそれに対する自身の懸念をIメッセージで伝え、統合の必要性を明確にします(E + アサーティブ)。その上で、具体的な次ステップを提案し(S)、それがもたらすポジティブな結果を提示することで、全員の合意形成と協力を促しています(C)。

実践のための心構えと注意点

多様な環境でアサーティブネスと共感をバランスさせることは、一朝一夕にできるものではありません。日々の実践において、以下の心構えと注意点を持つことが大切です。

  1. オープンな姿勢と好奇心を持つ: 相手の文化や価値観をステレオタイプで判断せず、常に「なぜそのように考えるのか」「どのような背景があるのか」という好奇心を持って対話に臨むことが、真の共感の第一歩です。
  2. 文化的な感受性(カルチュラル・センシティビティ)を磨く: 相手の文化的な規範やコミュニケーションスタイルを事前に学習し、理解を深める努力をすることで、不必要な摩擦を避けることができます。例えば、直接的な表現を避ける文化圏の相手には、より間接的な言葉遣いや非言語コミュニケーションに注意を払うといった配慮です。
  3. 「共通の目的」に焦点を当てる: 意見が対立した際に、個々の主張の「違い」に固執するのではなく、「チームとして目指す共通の目標」に立ち返ることで、建設的な対話へと軌道修正しやすくなります。アサーティブに目標を再確認し、共感的にそれぞれの貢献の仕方を模索する姿勢が重要です。
  4. フィードバックと振り返りを習慣化する: 自身のコミュニケーションが、相手にどのように受け止められたかを定期的に振り返り、必要であれば相手に直接フィードバックを求めることで、自身の対話スキルを継続的に向上させることができます。

まとめ:多様性を力に変える対話力

多様なメンバーとの対話において、アサーティブネスと共感は車の両輪です。自分の意見を明確に伝える力(アサーティブネス)と、相手の背景や感情を理解しようとする力(共感)をバランス良く使いこなすことで、対立を乗り越え、チームの創造性と生産性を最大限に引き出すことができます。

これは単なるコミュニケーションスキルに留まらず、リーダーシップの重要な資質の一つです。具体的な事例やフレームワークを参考に、日々の対話の中でアサーティブな共感術を意識的に実践することで、貴社のチームは多様性を真の力に変え、より強固な組織へと進化していくことでしょう。

ぜひ、今日から一歩踏み出し、対話の質を高めることに挑戦してください。