成果と関係性を両立させるフィードバック術:アサーティブネスと共感で部下の成長を支援する
中間管理職の皆様は、部下の育成においてフィードバックが不可欠なツールであると認識されていることでしょう。しかし、「成果を追求したいが、部下のモチベーションを下げたくない」「率直な意見を伝えると関係性が悪くなるのではないか」といった葛藤を抱えるケースは少なくありません。
本記事では、このような課題に対し、アサーティブネスと共感をバランス良く活用するフィードバック術を、具体的なケーススタディを交えながら解説します。部下の成長を促し、同時に強固な信頼関係を築くための実践的な対話スキルを習得し、皆様のリーダーシップをさらに高める一助となれば幸いです。
1. フィードバックにおけるアサーティブネスと共感の重要性
まず、フィードバックの文脈において、アサーティブネスと共感がそれぞれどのような意味を持ち、なぜ両者のバランスが重要なのかを整理しましょう。
1.1. アサーティブネスとは
アサーティブネスとは、「相手を尊重しつつ、自分の意見、感情、要求を率直かつ誠実に表現する」コミュニケーションスタイルです。フィードバックにおいては、以下の側面が強調されます。
- 明確なメッセージの伝達: 改善点や期待される行動を曖昧にせず、具体的に伝える能力。
- 責任と期待の明確化: 部下に対し、役割や目標達成への責任を自覚させ、明確な期待を提示する姿勢。
- 建設的な批判: 問題行動や成果に対する課題を、個人的な攻撃ではなく、客観的な事実に基づいて伝える姿勢。
アサーティブなフィードバックは、部下にとって「何をどうすれば良いのか」を明確にし、成長への道筋を示す上で不可欠です。
1.2. 共感とは
共感とは、「相手の感情や視点を理解しようと努め、それを相手に伝える」能力です。フィードバックにおいては、以下の側面が重要となります。
- 傾聴と理解: 部下の話に耳を傾け、その背景にある感情、意図、状況を理解しようとする姿勢。
- 感情の受容: 部下が感じるであろう不安、抵抗、困難といった感情を受け止め、認めること。
- 信頼関係の構築: 部下が安心して本音を話せる心理的安全性の確保。
共感的なフィードバックは、部下が「理解されている」「受け入れられている」と感じることで、率直な意見を受け入れやすくなり、自律的な改善行動を促します。
1.3. なぜバランスが重要なのか
アサーティブネスが欠けると、フィードバックが曖昧になり、部下は何を改善すべきか分からず、成長に繋がりません。一方、共感が欠けると、フィードバックが一方的で冷たい印象を与え、部下の反発を招いたり、信頼関係を損なったりする可能性があります。
この両者をバランス良く統合することで、部下は「自分のことを真剣に考えてくれている」と感じ、建設的なメッセージを受け入れやすくなります。結果として、部下は自律的に成長し、チーム全体の成果向上と強固な関係性構築に繋がるのです。
2. 成果と関係性を両立させるフィードバックの基本原則
アサーティブネスと共感を融合させたフィードバックには、いくつかの基本原則があります。これらを意識することで、より効果的な対話が可能になります。
- 事実に基づく観察(アサーティブ): 抽象的な評価ではなく、「いつ、どこで、何が、どのように」起こったのかという客観的な事実を基にフィードバックを組み立てます。
- 私(I)メッセージの活用(アサーティブ): 「あなたは〜すべきだ」ではなく、「私は〜と懸念しています」「私は〜と感じています」のように、自分の感情や考えを主語にして伝えます。これにより、相手を非難するのではなく、自分の視点からの影響を伝えることができます。
- 相手の状況への配慮(共感): フィードバックを行う前に、相手の状況や感情を想像し、理解しようと努めます。忙しさ、プレッシャー、個人的な問題など、パフォーマンスに影響を与えうる要素がないか考慮します。
- 傾聴と質問(共感): フィードバックを一方的に伝えるだけでなく、部下の意見や感じていることを積極的に聞き、オープンな質問(例:「この状況について、あなたはどう考えていますか?」「何か困っていることはありますか?」)を通じて対話を深めます。
- 具体的な行動への焦点を当てる(アサーティブ): 改善点だけでなく、具体的にどのような行動をとるべきか、どのようなサポートが可能かを提案し、共に解決策を検討します。
- 成長への期待を伝える(アサーティブ&共感): 改善点を指摘するだけでなく、部下の潜在能力や今後の成長への期待を伝えることで、前向きな気持ちを促します。
3. 具体的なケーススタディと対話例
ここでは、中間管理職が直面しやすいフィードバックの場面を想定し、アサーティブネスと共感をバランス良く用いた対話例をご紹介します。
ケース1:業務の期限遅延が頻発し、品質にも課題が見られる部下へのフィードバック
部下のAさんは、新しいプロジェクトのタスクにおいて、たびたび期限を守れず、提出された成果物の品質も期待値を下回ることが増えてきました。上司であるあなたは、Aさんの成長を促しつつ、チームの生産性への影響も考慮する必要があります。
【良くないフィードバック例】 「Aさん、また納期に間に合っていませんね。これでは困ります。もっと計画的に進めてください。」 (解説:一方的で、具体性がなく、部下の状況を考慮していないため、反発や意欲低下を招きやすいでしょう。)
【アサーティブネスと共感を両立させたフィードバック例】
上司: 「Aさん、少しお話できますか。最近、いくつか担当されているタスクで、期限が遅れたり、品質に改善が必要な点が見受けられたりしています。例えば、先週のBプロジェクトの資料作成では、提出が期日を2日過ぎ、重要なデータに誤りがありました。チーム全体の進行に影響が出ており、私も懸念しています。」 (解説:客観的な事実(期限遅延、品質課題、具体例)と、それがチームに与える影響、自身の懸念(私メッセージ)をアサーティブに伝えています。)
上司: 「Aさん自身は、この状況についてどのように感じていますか?何か困っていることや、私に協力できることはありますか?」 (解説:相手の状況や感情に寄り添う共感的な問いかけです。部下が安心して話せる場を提供します。)
Aさん: 「正直、複数のタスクが重なってしまい、どれから手をつければいいか分からず、焦っていました。確認も十分でなかったです…。」
上司: 「そうでしたか。複数のタスクが重なると、優先順位付けが難しくなりますよね。私も同じような経験があります。大変だったでしょう。」 (解説:共感を示し、部下の感情を受け止めています。これにより、Aさんは自分の状況をさらに話しやすくなります。)
上司: 「では、今後の改善に向けて、いくつか提案があります。まず、タスクの進捗を共有する頻度を上げ、早めに課題を把握できるようにしましょう。そして、優先順位付けやタスク管理の方法について、一緒に見直す時間を設けてはどうでしょうか。私の経験や、チームで使っているツールも活用できます。Aさんが成長し、成果を出せるよう、私もサポートしていきたいと考えています。」 (解説:具体的な改善策を提案し(アサーティブ)、自身のサポートを約束することで、成長への期待と共感を伝えています。)
ケース2:新しい挑戦に二の足を踏む部下へのフィードバック(成長機会の提供)
部下のBさんは、現行業務は安定してこなしていますが、新しい役割やプロジェクトへの参加を打診すると、「自信がない」「失敗したくない」と消極的な姿勢を見せることがあります。あなたはBさんの更なる成長を促したいと考えています。
【良くないフィードバック例】 「Bさん、いつまでも現状維持では成長できませんよ。もっと積極的に挑戦すべきです。」 (解説:一方的で、部下の不安に寄り添っていないため、押し付けがましく聞こえ、かえって委縮させてしまう可能性があります。)
【アサーティブネスと共感を両立させたフィードバック例】
上司: 「Bさん、いつも安定して業務を遂行してくれて、大変助かっています。特にCプロジェクトでの顧客対応力は素晴らしいと評価していますよ。」 (解説:まず、部下の良い点を具体的に伝え、承認することで、心理的安全性を高めます。)
上司: 「先日お話した新しいDプロジェクトのサブリーダーの件ですが、改めてBさんにお願いしたいと思っています。Bさんの持つ〇〇(強み)は、このプロジェクトで必ず活かせると確信していますし、リーダーシップを発揮する絶好の機会だと考えているからです。」 (解説:自身の期待と、なぜBさんを選んだのかという具体的な理由をアサーティブに伝えます。)
上司: 「Bさんが不安に感じている点や、懸念していることは何でしょうか?率直な気持ちを聞かせてください。」 (解説:部下の懸念に共感し、オープンな質問で対話を促します。)
Bさん: 「ありがとうございます。期待していただいているのは嬉しいのですが、新しい役割は未経験なので、失敗したらどうしよう、という不安が正直あります。現在の業務との両立もできるか心配です…。」
上司: 「なるほど、未経験の領域に挑戦する際には、誰しも不安を感じるものですよね。失敗を恐れる気持ちもよく分かります。そうした心配は当然のことだと思いますよ。」 (解説:部下の不安な感情に共感し、その気持ちを肯定的に受け止めています。)
上司: 「その上で、Dプロジェクトでは私も全面的にサポートしますし、チームのメンバーもBさんを支えてくれるはずです。まずは、現在の業務とのバランスをどう取るか、一緒に計画を立ててみませんか?そして、もし困難に直面したとしても、それは成長の糧になります。Bさんがこの経験を通じて、さらにステップアップしていく姿を見たいと思っています。」 (解説:具体的なサポート体制を示し、挑戦を後押ししつつ(アサーティブ)、失敗を恐れる気持ちに理解を示し、成長への期待を伝えています(共感)。)
4. バランスを取るための実践的なヒント
アサーティブネスと共感のバランスは、一朝一夕に身につくものではありません。日々の実践を通じて磨き上げていくために、以下のヒントを参考にしてください。
- フィードバックの準備を怠らない:
- 事実の整理: どのような行動や結果に対してフィードバックするのか、客観的な事実をメモしておきます。
- 目的の明確化: フィードバックを通じて部下からどのような行動を引き出したいのか、具体的な目的を明確にします。
- 相手への配慮: 部下の性格、これまでの経緯、現在の状況を考慮し、最も効果的な伝え方を考えます。
- 自己認識を高める:
- 自分がアサーティブに話せているか、共感的に傾聴できているか、自分のコミュニケーションスタイルを客観的に振り返る習慣を持ちましょう。
- 非言語コミュニケーションを意識する:
- 穏やかな表情、アイコンタクト、オープンな姿勢は、共感を伝える上で重要です。一方、真剣な内容を伝える際には、毅然とした態度も必要です。
- 練習と振り返り:
- ロールプレイングや、実際のフィードバック後に「もっとこうすればよかった」と振り返り、次の機会に活かすことで、スキルは向上します。
- 信頼できる同僚や上司に、自分のフィードバックの仕方について意見を求めるのも有効です。
まとめ
部下へのフィードバックは、単に改善点を指摘するだけでなく、その人の成長を促し、組織の未来を担う人材を育てる重要な機会です。アサーティブネスと共感をバランス良く実践することで、リーダーは部下との信頼関係を深めながら、具体的な行動変容とパフォーマンス向上を実現することができます。
一見相反するように見えるこれら二つの要素を統合する対話術は、日々の意識と実践によって磨かれます。本記事でご紹介した原則や事例を参考に、ぜひ皆様のフィードバックの質を高め、チームの「対話力」を強化してください。